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スロット サーカス 金曜日の夜。Macに向かい、タブレットにペンを走らせる。朝までずっと、眠らずに。描き始めると止まらない。

 平日は会社でシステムを開発し、週末には家で絵を描く。「生活として、違いはない。仕事も絵も、必死だから」。仕事と趣味という切り分けも特にないと、“絵描き兼開発者”のゆきさん(24)は言う。

画像ゆきさんは男性だが、「ゆき」というハンドルネームと優しいタッチの絵、中性的な外見で、女性だと思っている人も多い。「男とか女とか、どうでもいい。ネットでものを作っていると、性別関係なく作品を見てもらえる。フィルターがなくていい」

 自分のために描き続け、HDDにため込んできた。それで満足だった。だが最近、ちょっと変わった。絵を描いた様子の動画を「ニコニコ動画」にアップするようになったのだ。

 「すげぇ」「うまい」「最高絵師」――ニコニコ動画でそんなコメントが寄せられ、「絵本を作らないか」という依頼が舞い込む。見知らぬ人のmixiのプロフィール画像に自分の絵が使われ、驚いたこともある。

 「ニコニコ動画に投稿するまで、自分の絵を気に入ってくれる人がいるとは思わなかった。自分の絵が、誰かにとって特別な存在になるなんて、考えてもみなかった」

見たことのない画材が、PCの中にだけあった

 小さいころからものを作るのが好きだった。でも、得意ではないという。美術の成績もよくなかった。「不器用だから。デッサンなんて、今もできない」

 父が仕事のために買った「Macintosh Performa 630」が、最初に触れたコンピュータ。小学校高学年のころ、子ども用お絵描きソフト「KIDPIX」で遊んだ。特別にハマったわけではない。ほかの子が紙に描くように、暇な時の遊びとして、マウスで犬や猫を描いた。

 中学生のころ、雑誌の付録に付いていた「Painter」試用版に出合った。油彩、パステル、アクリル絵の具――「見たことのない画材が、PCの中にだけあった」。描くことが、さらに楽しくなった。

 同じころプログラミングを始めた。Mac用開発環境「REAL basic β版」を雑誌の付録で見付け、計算プログラムや、“落ちゲー”を作った。マニュアル本もインターネットもなかったが、サンプルプログラムを見ながら学んだ。

そのころのOSは、子どもでもいじれるレベルだったから

 当時のPCはできることが少なかった。新しいソフトを買うお金もなかったから、雑誌の付録をインストールしたり、OSの中をいじった。「そのころのOSは、子どもでもいじれるレベルだったから」

 Painterの試用版も実は、OSを“だまして”入れていた。マシンのOSは、試用版が対応していないMac OS 7。メモリの空き領域も最低12Mバイト必要だったが、マシンは8Mバイトしか搭載していなかった。OSに8のふりをさせ、不要なプログラムを削除し、無理矢理インストールした。

 さすがに無理をさせすぎたのか、ちょっとエフェクトをかけただけで処理に30分かかるなど、動作は極端に遅かった。保存や印刷といった機能も制限されていたから、描いた絵をキャプチャして保存し、それを印刷した。試用版は3年間使い続けた。

 余裕のあるスペックで、絵やプログラムを作りたかった。高校のころ貯金をはたき、ストロベリー色の「iMac」と「Painter 6.0」を購入。本格的に描き始めた。REAL Basicもβ版のまま使い続け、自分のためにソフトやツールを開発した。

ほかの人が漫画を読むように

 「パソコン少年」ではなかった。中学でも高校でも、Macは暇つぶし。生徒会に参加し、スポーツもした。学園祭では、幅10メートルもある絵を描いたりもした。「家に帰って、やることがないとMacをいじってた。ほかの人が漫画を読むように」

画像個人サイト「NekoBooks.com」

 インターネットがすごいらしい。そんな話も聞いていたが、特に惹かれなかった。描いた絵や作ったソフトを公開しよう、という発想もなかった。「ただ作りたいというだけが、モチベーションだった」

 大学に入って一人暮らしを始め、目的もなくネット回線を引いた。サイト作成ツールを使って個人サイトも作ってみた。作るのは楽しかったが、それだけだった。

 プログラミングに打ち込み始めた。画像関連のツールを作ったり、お絵描きソフトを作ったり――寝ないでプログラムした。ただ作るのが楽しかった。

会社がお金をかけて作ったものより、自分が作った物が使ってもらえるなんて

 あるとき何となく、自作の画像整理ソフト「絵箱」を、「Vector」に無料公開した。多くのシェアウェアを抜き、初登場で人気ランキングに入って「ちょっと味を占めた」。

画像絵箱

 「どこかの会社がお金をかけて作ったものより使ってもらえるなんて、びっくりした。作った物の出口が見付かったのが、面白かった」

 ソフトを公開するのが楽しくなり、シェアウェアを駆逐してしまえ、という勢いだった。「でも今思うと、小遣い稼ぎでシェアウェアを作っている人に申し訳なかった」

 絵箱は何千人、何万人がダウンロードした。フリーだけれど寄付歓迎。数人が2000~3000円を寄付してくれた。わざわざメールで連絡をくれ、振り込んでくれた。

 もらった寄付を開発期間で割ると時給40円。2~3万円した開発ソフトの代金にも足りなかった。寄付を受け付けるのは、やめてしまった。

絵では生活は便利にならないから、公開するという発想がなかった

 Painterで描くことも、さらに楽しくなっていた。他人の絵を見るといても立ってもいられず、描きたい衝動に駆られる。「美術館に行って絵を見ても、すぐに描きたくなって出てきてしまう」

 だが、絵を広く公開し、誰かに見てもらおうという発想はなかった。個人サイトに絵を“置いておく”ことはあったが、ただ置いておくだけ。何も期待していなかった。

 「ソフトは誰かの役に立つ可能性があるから、公開する意味があると思っていたけれど、絵では生活は便利にならない。絵を描きたい人はいくらでもいて、供給過剰だと思ってた」

 大学を卒業し、開発者の仕事を選んだ。「趣味でやっているうちにスキルが身に付いて、一番、食えるネタだったから」

自分も動画の作り手側に、回れると思った

 ニコニコ動画は友人に教えてもらったが、あまり興味がなかった。ニコニコで主流の、アニメやゲーム、2次創作は苦手。ごくたまにアクセスしては、猫動画やランキングを眺める程度だった。

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